キッチーkobayasiの本当に大事じゃない話

ひょんな事から飲食の世界に飛び込み、今も料理人を続けています。

*

大相撲九月場所

      2016/01/08

どうも、相撲大好きキッチーです。
いよいよ秋場所が始まりましたね。今日は土俵に座布団が舞いました。
秋場所と言うのは通称で正確には九月場所と言います。一月場所は初場所、三月場所は春場所もしくは大阪場所、五月場所は夏場所、七月場所は名古屋場所、十一月場所は九州場所とそれぞれ呼ばれています。

相撲の歴史は古く、天下の力持ち当麻蹶速(たいまのけはや)と出雲出身の野見宿禰(のみのすくね)が垂仁天皇の前で相撲をとった事が日本書紀(720年完成)に書かれています。
相撲は神事であり本場所が始まる前には『土俵祭り』というものが行われます。これは五穀豊穣と十五日間の土俵の無事を祈って、立行司が祭主となり祝詞を上げ神様を土俵に迎える儀式です。この際鎮め物として『かち栗・昆布・お米・かやの実・するめ・塩』が土俵の中心に埋められます。
土俵は毎場所作り変えられており、東京・大阪・名古屋・福岡でそれぞれどこ産の何と言う土を使うかも厳密に決まっています。
国技館名物の吊り屋根は『神明造』と言う建築様式で出来ており、これは主に神宮(天皇に関わる神社)の社で使われている様式です。
屋根の四方には四色の房が垂れ下がっており、四季と方角を守る神様を表しています。それぞれ東・青房・青龍・春、南・赤房・朱雀・夏、西・白房・白虎・秋、北・黒房・玄武・冬です。

相撲は完全なる縦社会で、番付(その者の地位)によって総ての上下関係が決まります。これは何も力士だけではなく、行司さん・呼び出しさん・床山さん(力士の髷を結う人)も同じです。
勿論入った順に兄弟子・弟弟子という関係が成り立ちますが、最終的には番付が高い方が偉くなります。
力士になりたかったらまずどこかの相撲部屋に所属します。そして基本動作を習いつつ、本場所前の新弟子検査を待ちます。
新弟子検査には第一検査と第二検査があり、第一検査では身長173cm・体重75kg以上が合格となります。それに満たなかった者の内身長167cm・体重67kg以上の者が第二検査に回ります。第二検査では50m走やハンドボール投げ等の体力検査で合否が決まります。
そして最後に心電図やレントゲンと言った内臓検査をして、力士に相応しいと判断された者だけが土俵に上がる事が許されます。
でもまだ番付に載る訳ではありません。

力士の番付は、下から『序の口』『序二段』『三段目』『幕下』『十両』『幕内』『小結』『関脇』『大関』『横綱』と分けられています。
新弟子が番付に載るには、本場所の序の口の取り組みが始まる前、午前8時頃からやる前相撲で勝たなくてはいけません。
新弟子同士相撲を取って、5日目までに2勝した者が一番出世の栄誉を得ます。9日目までに2勝で二番出世、12日までで三番出世となります。まぁ兎に角2勝したら晴れて出世披露です。
行事さんが口上を述べて、翌場所から序の口に入る事をお客さんに伝えます。
番付に載った力士は半年間相撲教習所で実技講座と教養講座を受けます。外国人力士も習字の授業などを受けます。

序の口から幕下までは『取的(とりてき)』と言われ、基本的に給料は出ません。十両以上になると初めて『関取』と呼ばれ、年収は1000万を超えます。
その他にも番付により、身に付けていい物やその材質まで厳密に決まってます。例えば序二段までは履物は下駄で三段目から雪駄が許されるとか、取的の廻しは木綿関取は絹とかです。後行司さんの装束も階級により随分違いますよ。
それから相撲を取る番数が違いますね。年六場所十五日制ですが、一場所に十五番取れるのは関取だけで、取的は七番しか取りません。理由は存じ上げませんが、単純に人数が多いからかもしれません。何せ取的だけで600人近くいますから。関取は現在70人。正に選ばれたエリート達です。
企業からでる懸賞金も十両以下に付く事はまず無いと言って良いでしょう。金額は懸賞金1本6万円で千秋楽結びの一番には50本位付きます。それを勝者が取っ払いです。(正確には3万円手取り・2万5千円積み立て・5千円手数料です)

次に相撲の所作について説明したいと思います。
まず四股。相撲取りは土俵に上がると四股を踏みます。あれは大地を踏みしめ邪気を祓い鎮める意味があります。
そして控えの力士に柄杓で水を渡され、口を漱ぎます。
次に塵浄水(ちりちょうず)。掌を体の前でパチンと鳴らします。これは神社で拍手を打つのと同じで、大きな音を出して神様に挨拶をしています。そのまま揉み手。手を洗う動作で清めの意味があります。そのまま掌を上に向けて、腕を身体の横から肩の高さまで上げ、くるっと掌を返します。これは武器を持たず清々堂々素手で戦う誓いを意味してます。ここまで塵浄水であり全体で『土俵入り』となります。
そして土俵に塩を撒きます。勿論清めの塩です。これは何回と決まってる訳ではなく、制限時間内にお互いの呼吸が合うまで繰り返されます。
赤房下の勝負審判が時計係を務めていて、制限時間が来ると手を上げて合図します。そうしたら最後の塩です。呼び出しさんが力士にタオルを渡し、力士は汗を拭きます。そして行司さんの「待ったなし」の掛け声でお互い呼吸を合わせ立会いになります。
よく勘違いされてる方が多いのが、行事さんの「はっけよいのこった」で相撲が始まると思われてる事ですが、これは違います。人は息を吐いた時より吸った時の方が力が入ります。ですのでお互い吸って吐いての呼吸を合わせて、丁度二人とも息を吸った時が『発気良い』です。ですから力士側のタイミングで立ち合うんですね。
因みに以前はそうでもなかったのですが、今は厳密に二人の手が土俵に付かないと立会い不成立になります。ですから先に手を付いて相手を待ちたい人や、後から勢い良く手を付いて飛び出したい人等タイプが分かれます。
相手の間合いを嫌って制限時間いっぱいなのに立ち会う事が出来ないのを『待った』と言います。これをやってしまうと、正面の審判長席に座る親方からその場で豪く怒られます(笑)。

先程から勝負審判だの審判長だの言葉が出てきましたが、相撲の勝敗を決めるのは実は行司さんではないのですね。勿論行司さんは取り組みを見極め、どちらか勝った方に軍配を上げます。
しかしその裁きが正しいかどうか、相撲協会の審判部に所属する親方の中から5人ずつが勝負審判として土俵下に控え、見守っています。もし裁きが怪しかった場合、勝負審判は『物言い』を付けて審判5人で協議します。この時ビデオルームでスロー再生を見てる親方と無線で連絡を取ったりして、最終的な勝ち負けを決めます。プロスポーツで最初にビデオ判定を導入したのは、意外にも相撲なんです。
行事の最高位に立行司『式守伊之助』と『木村庄之助』と言う地位があります。一番偉い木村庄之助は結びの一番しか裁きません。この2人土俵に上がる際は帯に短刀を挿して上がります。これはもし『行事軍配差し違え』があった際には、腹を切るという覚悟の現われです。もし間違っても実際に腹を切る事はありませんが、協会に『進退伺い』は出さないといけません。厳しい世界です。

最後に千秋楽の慣わしを少し。
小結以上の力士を『役力士』と呼びます。千秋楽最後の三番を「これより三役にござりまする」と行事が口上を述べ、役力士同士の取り組みが組まれます。
そして最後から三番目の取り組みの勝者には『三本の矢』が、最後から二番目の取り組みの勝者には『弦』が、そして千秋楽の勝者には『弓』が与えられます。しかし実際は番付の低い取的が千秋楽の勝者に代わって弓を受け取り、勝者の舞を披露する『弓取り式』と言うものが行われます。弓道をされている方はご存知かと思いますが、弓は長い程格が高くなります。弓取り式で使われる弓は2m以上あり、大変位の高い物です。
弓取り式も終わると、いよいよ幕の内最高優勝者の表彰式に移りますが、式の前に大事な行事が1つあります。全員が天皇陛下が座るはずの貴賓席に向かい、国歌『君が代』斉唱です。やはり相撲は国技なのですね。
表彰式では、先ず天皇賜杯の授与、優勝旗、内閣総理大臣杯、モンゴル国総理大臣賞、チェコ共和国友好杯(副賞ビール1年分)、アラブ首長国連邦友好杯(副賞ガソリン1年分)、メキシコ合衆国友好楯(副賞コロナビール1年分)、その他色んな国・自治体・企業・団体から様々な賞品が贈られます。優勝賞金は1000万円です。
総ての表彰が終わるといよいよ締めくくり『神送りの儀』が待ってます。これは前相撲を勝ち抜いた若い力士が土俵に上がり、御幣(よく神主さんが振る白いヒラヒラが付いた棒)を抱えた行司さんを胴上げする事で、土俵祭りに降ろした神様を天に返す儀式です。

他にも説明したい事はいっぱいあったけど、長くなってしまったのでこれくらいにします。

さて本題。
この秋場所で私がどうしても土俵に上がって貰いたかった力士が1人います。
それは『旭天鵬関』です。もし土俵に上がっていたら今日(9月13日)が41歳の誕生日。関取最年長となります。そしてもし幕内に上がっていたら、幕の内通算出場回数100場所目の記念の場所でした。
旭天鵬関はモンゴルからの力士1期生で、今のモンゴル全盛期の礎を築いた人です。稽古が辛くて大使館に逃げ込み(パスポートは取り上げられてた)、故郷に帰った事もありました。でも迎えに行った親方の説得に応じて、再び相撲部屋に戻り鍛錬しました。現在では帰化して日本人になってます。
2012年夏場所では千秋楽相星優勝決定戦に進み、見事現行制度の史上最年長優勝力士に輝きました。
しかし先場所で大きく負け越した旭天鵬関は、今場所十両に下がる事が確定的になると、「幕の内最高優勝者が十両で相撲を取るのは失礼だ」と潔く引退を決意。土俵を去りました。
「幕内99場所っていうのが自分らしくて良いでしょ」と明るく周囲に漏らしてたそうです。
今は『年寄り』大島を襲名し親方となって、後進の指導に当っています。
今日の写真は友人達と見に行った、この2012年夏場所千秋楽の1枚を選びました。(小さくて見難いかな。一応旭天鵬関と天皇賜杯です)

誕生日にまつわるこぼれ話。
今では相撲人気に火がつき、連日満員御礼の垂れ幕が下がっておりますが(今日で65日連続です)、大相撲に激震が走った時期がありました。
悪童『横綱朝青龍』の引退。時津風部屋での弟子暴行死事件。野球賭博問題に八百長問題。相撲の人気は地に落ち、八百長問題の時には戦後国技館が破壊されていた1946年夏場所以来65年ぶりの本場所中止となる事態となりました。あの昭和天皇崩御の時(昭和64年1月7日)でさえも、一日ずらして1月9日に初日を迎えたのにです。
土俵に神を迎え四股により邪気を払う神事、相撲。中止された春場所初日は2011年3月11日でした。そして相撲界を1人で支えていた『横綱白鵬』の誕生日でもありました。
白鵬は『露払い・太刀持ち』を従えて積極的に被災地へ慰問に向かい、自ら神の依り代となって『横綱土俵入り』を海に向かって行いました。これは被災者側から望んだものです。
白鵬は人一倍日本を愛しています。しかし白鵬のお父さんはモンゴルの英雄で、モンゴル相撲の横綱として年1回の大会(ナーダム)で6度も優勝しています。そしてオリンピックではレスリングに参加。銀メダルに輝き、モンゴル初のメダリストとなりました。
現在の相撲協会の定款では、親方に成れるのは『日本国籍を有する者』のみとなっています。白鵬はまだ帰化していません。お父さんの許しが出ないからです。
内弟子は採っていても、本格的な部屋は開けません。私は白鵬の功績を考えたら、特例を作っても良いのではないかと考えています。
相撲が守り抜いてきた伝統も分かります。しかし今相撲は国際化(アジア・アメリカ・ヨーロッパ・南米・アフリカの力士の存在)し、アマチュアの大会ではヨーロッパ選手権やアメリカ選手権、更には世界大会まであります。
プロスポーツで最初にビデオ判定を導入した日本相撲協会の、柔軟な対応に期待しています。

キッチーより

 - スポーツ