キッチーkobayasiの本当に大事じゃない話

ひょんな事から飲食の世界に飛び込み、今も料理人を続けています。

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東山魁夷記念館

   

どうもキッチーです。

ちょっと千葉方面に用事があり、東山魁夷の母の生家の隣にある記念館に立ち寄る機会がありました。
東山魁夷は明治41年横浜に生まれ神戸で育ちます。父との確執のある中、日本画ならと大正15年東京美術学校(現・東京芸術大学)に入学します。昭和4年21歳の時最初の展覧会出品作『山国の秋』が第10回帝展に入選しました。その後ドイツに留学するも、自分の絵に迷う日々を送ります。
戦争が始まると軍に召集され、死を覚悟した時初めて感じた自然の美しさに風景画家としての開眼がありました。
戦後昭和22年第3回日展に、千葉県鹿野山から望む九十九谷を描いた『残照』を出品し特選を受賞。風景画家として新たな出発をしました。
昭和39年~41年にかけて盛んに京都へスケッチへ出かけます。きっかけは川端康成の「京都を描くなら今のうちですよ」と言う言葉でした。折しも時代は高度経済成長期、その波が京都の風情も飲み込もうとしていました。
魁夷は旅の画家と言われ、国内は本より北欧4ヵ国・ドイツ・オーストリア・中国などに自然の風景を求めて歴訪しました。
風景画家の魁夷ですが、彼を代表する作品に18点からなる連作『白い馬の見える風景』があります。「白い馬は私の心の祈りです」と語ってます。とても幻想的です。
またやはり魁夷の絵を象徴するものと言ったら鮮やかなブルーとグリーンの色調だと思います。群青はアズライト(藍銅鉱)と言う鉱石で、緑はマラカイト(孔雀石)と言う鉱石を顔料に使ってます。どちらも高価な物です。
魁夷は様々な文化センターや劇場の緞帳の原画も担当しています。帝国劇場の緞帳も魁夷の原画です。
昭和44年には文化勲章を受章しました。
平成10年90歳の時、第30回日展に最後の作品『月光』を出品。翌年老衰で死去しました。

私が今回一番印象に残ったのは、魁夷を代表する青でも緑でもなく、鮮やかなオレンジに染まったデンマークの風景『夕紅(1996年)』でした。

ところで、数日前に発売された『文芸春秋』に芥川賞受賞2作全文と各審査員の選評が載ってましたね。この選評が文章を書く上で、非常に勉強になります。これだけで930円出す価値があります。

キッチーより

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